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ほなみん

 

ほなみん(25)

やっほー!
札幌が生んだスーパー美女こと、ほなみんと申します。

室蘭生まれ札幌育ちの生粋の道産子です。

 

性格は好奇心旺盛で、欲望に素直で、楽しいことが大好き。
笑顔と図々しさに定評があります。

他己紹介はこちらから

 

どうぞよろしくお願いします!

 

経歴

バリスタ→広報 (Web系IT企業)→フリーランス

現在はライティングやデザインなどをしています。

 

拠点

拠点を持たない生活をしています。
( 住民票は北海道札幌市 )

日本全国を転々としており、2018年4月現在は宮崎県にある青島に滞在中。

 

家族構成

国家公務員の父・看護師の母・ニートの私・看護師の妹の4人家族。

厳しく、過保護に、甘やかされて育ちました。

 

好きなもの

食べることが大好きです!!!

おもち / 砂肝 / 鳥刺し
パクチー / トマト / カレー

ビール / コーヒー
チャイラテ / アーモンドミルク etc…

 

どんな人生を歩んできたの?

1993年2月23日、誕生

今から25年前に室蘭で生まれ、札幌で育ちました。

 

幼少期の記憶はありませんが、両親が「とにかく破天荒だった。インパクトが強すぎて、妹の記憶がほとんどない。」と言っていました。

よく笑ってよく喋る元気な女の子で、将来の夢は「うさぎになること」だったようです。

 

厳しい両親に育てられる

私は、すこぶる厳しい両親の元で育ちました。

高校生のときは門限が19時だったのですが、門限を破ると携帯電話を解約されたり、警察に捜索願を出されたこともありました。ひぃ〜!

 

幼少期から我が強かった私が素直に両親のいうことを聞くわけもなく、学生時代は長い反抗期が続いていたし、とってもグレていました。

 

 

放浪癖が覚醒する

コリアンエアー

 

そんな厳しい両親だったので、ろくに遊ぶことができませんでした。

当時はこのままで華のJK生活を終わらせてはいけないという使命感を持っていたので、高校生の頃は「どうすれば自由になれるのか?」を必死に考えていました。

 

その結果、

遊びたい

両親の元では何もできない

物理的に離れる必要がある

いっそのこと海外に行ってしまおう

という思考に落ち着きました。

 

その後は自分の足で海外留学に関する情報を集め、行き先や期間など全て自分で選びました。

両親に頼んでみたところ、あっさりと「行ってきなさい」と言ってもらうことができました。 厳しいながら、娘のやりたいことには寛容な両親なんですよね。

 

当時は「勉強をしたい」なんて気持ちはさらさらなかったので、「親元を離れられるー!ラッキー!」くらいの軽い気持ちでいました。今思えば良心が痛みますが、そのくらい自由を求めていました。

 

 

そうして17歳の夏に、私はひとりで海外留学することになったのです。

 

はじめての海外留学

当時高校生、17歳。
私はカナダ・バンクーバーへ留学することになりました。

言葉も通じない・文化も違う・ケータイも通じない。

そんな状況のなか、はじめて一人で飛行機に乗って異国の地に旅立ちました。

 

新しい友達に新しい環境、何もかも新鮮で新しくて、本当に楽しかった。

もちろん勉強する気持ちなどさらさらなかったので、現地では未成年ながら毎日遊び呆けていました。

はじめて親の目を気にせずに存分に遊びました。色んなところに行きました。

そのときの高揚感は今でも忘れられないし、生まれてはじめて「生きててよかった」と思いました。

 

この経験を境に私の放浪癖が覚醒しました。

 

高校卒業後は海外を放浪する

spain
バルセロナでガウディ建築めぐり

 

高校卒業後は、ひとりで海外へ行くことに決めました。

周りの友人たちは大学に進学するために猛勉強をしていましたが、私は大学に行きたくありませんでした。

 

学びたいことも将来の夢もなければ、集団生活も苦手。

何より、ようやく長い高校生活が終わったのに、さらに4年間も拘束されるなんて耐えられませんでした。

両親に反対されましたが、どう考えても大学に行く理由が見当たらなかったし、当時の私は何よりも「自由」を求めていました。

 

海外を放浪する

AuPair

 

自分の気持ちが赴くままに、色んなところに行きました。

オーストラリアに英国にスペインなどを訪れ、合計25以上の都市を移動しました。

 

色んな国の色んな友人に出会い、色んな経験をしました。

はじめてシェアハウスに住んで家族以外の人と共同生活を送ったり、AuPairを経験して子育ての大変さを知り、バリスタとして働いて注文が全然聞き取れずに悔しくて毎日泣いたり、騙されて送金詐欺にあったり、カジノに行ったり、飛行機を乗り過ごして帰れなくなってしまったこともありました。

この経験から「人生なんとかなるもんだな」と、楽観的に捉えることができるようになりました。

 

日本でフリーターになる

ス○ーバックスで働く姿

 

帰国後は、某カフェでアルバイトをしていました。

人にも恵まれて仕事も楽しく、毎日それなりに充実していました。

 

そんなとき、偶然出会った幼馴染に

おまえ、いつまでフラフラしてんの?笑

と笑われたことがありました。

 

ちょうどその時期は同級生たちが大学を卒業し、就職をしていく時期でした。

しかも周りの同級生たちはみんな頭が良くて、名門大学に行って大手企業に就職し順風満帆な人生を歩んでいるんですよね。

 

そんななか、当時の私は学歴も特技もスキルも何もないカフェ店員でフリーター。

次第に周りと比較するようになり、自分はこれからどうなってしまうのだろうか?と焦りはじめました。

劣等感を感じるようになりました。

 

そんなときに、転機が訪れました。

 

Web関係者との出会い

イーゼル
カフェで書いていたイーゼル

 

当時働いていたカフェでイーゼルを書いていたのですが、この絵を見たお客さんから「一緒に仕事をしてみない?」と声をかけられたのです。

その方はIT企業のクリエイティブ・ディレクターさん。
話を聞いていくうちに、だんだんWebの世界に興味を持ちはじめました。

 

会社員になることには抵抗がありましたが、就職をしたこともないのに会社員を否定するのはおかしいと思い、会社に所属する覚悟を決めました。

あとは、どこかで自分のことを鼻で笑った同級生たちを見返したいという気持ちもありました。

 

ITベンチャー企業で就職する

 

インターネットで会社を調べていたところ、ある会社のWebサイトに一目惚れしました。
決めては完全にセンスとデザインだったのですが、「なんとしても、この会社で働きたい!」と思いました。

 

しかし、学歴もスキルもない小娘が書類選考で落とされることは明白だったので、人事担当者らしき人のFacebookを見つけ、ダメ元で松岡修造並みに熱いメッセージを送りつけました。

その結果、二週間のインターンを経験させてもらうことになったのです。

 

 

Webの基礎知識を習得する

ITベンチャー企業に就職
ITベンチャー企業に就職

 

IT企業に就職してみたものの「PDFって何ですか?」という状態からのスタートでした。

 

PDFからサーバーまで一から教えて教えてもらった結果、一年半でブログのライティングや写真の加工スキル、SEOなど、このWebサイトを作れるほどの基礎知識が身に付きました。

一から育ててくれた上司、会社には感謝しかありません。

 

退職する

 

会社ではやりたいことをやらせてもらって、マイナスになるほど有給休暇を使わせてもらって、19ヶ月間で残業は2回ほど。毎日定時で帰っていました。
正直、ものすごく良い環境に恵まれていたと思います。

 

ただ、働いていくうちに自分の中で「社会人とはこうあらなければいけない」という虚像が完成してしまい、それに近づこうとするにつれて「自由に生きたい自分」とのギャップが生じていきました。

 

その結果、精神的に苦しくなり退職に至りました。

 

海外に行っても何も変わらない

honamin

 

退職後、特にやりたいことはなかった私は「環境を変えれば何かが変わるはず!」という根拠のない思いで、2ヶ月間ヨーロッパへ渡航しました。

 

しかし現地ではただただ引きこもっていたため、もちろん何も変わることはありませんでした。

何かが変わるどころか、「これをやったら、あの人にこう思われるかも…」「会社を辞めたばかりだし…」なんて周りの目を気にしたり、自分に言い訳を続けるうちに何もできなくなっていきました

 

そして、そんなことをうじうじ考えているうちに、あっという間に2ヶ月が経過。
何もできないまま帰国することになります。

 

止まらない自己嫌悪

 

日本に帰って来ても、しばらくその状況が続きます。

がんばっている人やキラキラしている人と比較しては「どうせ私なんて…」と卑屈な感情が全開になり、嫉妬するようになり、永遠にドロドロした感情が巡っている感じでした。

どんどん心に余裕がなくなり、自信を喪失し、自分が嫌いになっていきました。

 

 転機が訪れる

満員電車に揺られながら、将来の自分を想像したことがありました。

このまま中年のオバサンになって、文句やグチばかり言いながら適当に生きて、後悔しながら生涯を終えるという一択の未来が見えてしまいました。

 

そして目が覚めました。そんな自分も人生も、絶対にイヤだ

さらに、「何かに挑戦した結果、人から非難されること」と「このまま一生何もせずに後悔して死ぬこと」どちらが怖いか?を考えたときに、圧倒的に後者の方が恐ろしいではないか…ということに気づきました。

 

そして、ようやく自分の人生に向き合う覚悟ができました。
これからの人生は、「人からどう思われるか」ではなく「自分がどうしたいか?」を考えて生きようと心に誓いました。

 

自由に生きる友人たちとの出会い

自由に生きることを決めた私は、2つのきっかけから一歩踏み出すことができました。

 

ひとつめは、「フリーランス」という生き方を知ったこと。

当時の彼氏や彼の周りの友人たちがフリーランスという生き方をしていて、人生がすごく楽しそうだったんですよね。

それがきっかけで「フリーランスって選択肢もあるんだ。彼らの生き方、ステキだな。」と思うようになりました。

そして、自分も何かに挑戦してみようと思いました。

何もわからない私のことをサポートしてくれた元カレのおかげで一歩を踏み出すことができました。彼には感謝しかないですね。

 

ふたつめに、灯台もと暮らしの取材に同行させてもらうことが決まったからです。

 

もともと友人だったノマド的節約術の編集長、松本さんが「イケダハヤトさんの取材で高知へ行く」と聞き、ついていくことに決めました。

取材に同行したおかげで、イケダハヤトさん、矢野大地さん、ぶんたさん、ヨスさん、元灯台もと暮らし編集長の伊佐知美さん、編集部のくいしんさんなどWeb界隈のインフルエンサーさんたちと出会いました。

 

高知ではイケダハヤトさんや高知嶺北で活躍するフリーランスの皆さんにイラストを押し売りし、その内容を記事にしました。
http://honamin.net/kochi_2/

そして彼らが私のSNSや記事を拡散してくれたおかげで、多くの人に自分のことを知ってもらうことができたのです。

 

色んな方に背中を押してもらい、SNSでは多くの反響をもらい、この成功体験が自信に繋がりました。

なんだか、助けられてばかりですね。

 

 

自分らしく生きていく

ほなみん

 

2018年5月現在。

長い迷走期間が終わり、ようやく一歩踏み出すことができて、フリーランスになって半年が経とうとしています。

フリーランスになって6ヶ月が経ちました。

 

まだ自分には夢も目標もないですが、しいていうなら自由に生きたいです。

私は「人から嫌われることへの恐怖」を克服したいです。もっと自分をさらけ出したいです。

どんどん色んなことに挑戦していきたいと思っています。

人生楽しむぞー!!!

 

ということで、最後までご覧いただき、ありがとうございました。
今後ともほなみんならびに当ブログ「可愛いは正義なり」をよろしくお願いいたします。

 

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